これまでこのブログで、ミニマリストを掲げて、目指す過程や考え方について書いてきた。
そのスタンス自体を変えるつもりはないし、今でも自分はミニマリストだと思っている。
ただ、最近、少し心境の変化があった。
以前のように「よし、ミニマリストになるぞ。」と意気込む感覚とは、どこか違う。
「結果として、ミニマリストに行き着く」
今の私には、この表現が一番しっくりくる。
順番が逆だったのかもしれない。
これまでは「減らすこと」がスタート地点になりがちだった。
けれど、本来あるべき自然な流れは、逆なのだと思う。
まず最初に「やり遂げたいこと」がある。
これが何よりも重要で、揺るぎない「自分軸」となる🧭
その目的を果たすためには、どんな道具が必要か?
ここで言う道具とは、モノに限らず、時間や環境も含まれる。
それらを「ブランド」や「雰囲気」ではなく、目的達成のための「機能」として分解して見てみる。
そうやって機能を冷静に見極めると、本当に必要なものは驚くほど少ないことに気づく。
無理に減らすのではなく、残る。
自分軸に沿って機能を精査していくと、余計なものは自然と手元から離れていく。
「捨てる」というよりは、役割を終えたものが「去っていく」感覚に近いかもしれない。
そうして、最後に手元に残った厳選された道具たち。
その研ぎ澄まされた状態を、人は「ミニマリスト」と呼ぶのではと考えるようになった。
だから、ミニマリストであることは「手段」であり、ある種の「結果」でいい。
これからのスタンス
私はこれからもミニマリストを目指すだろう。
けれどそれは、物を減らして最小限をを誇示するためではない。
自分のやりたいことを成し遂げるために、道具と環境を最適化した結果、「気づけばミニマルになっていた」。
そんな自然体な在り方が、今の自分には合っている気がする。
手段としてのミニマリズム。
これを使いこなして、人生の後半戦をより身軽に、そして重厚に歩んでいきたいと思う。
